愛する人との死別から立ち直るために 今考えること

家族と死別して、天涯孤独になった女性が、統合失調症を発症しながら寛解、少しずつ立ち直ろうとする記録

私は自分にこんなに我慢できる力があると思わなかった。

 

考えると私は我慢ができない人間なのだった。

人生で我慢をした記憶があまりない。

それが私の劣等感の有り場所なのだった。

 

私は赤ん坊の頃、母親におぶわれて、気に入らないことがあると引き付けを起こしたそうである。

三つ子の魂百まで、ずっと私は我慢ができない人間なのであった。

 

 

人間って、生きているうちのどこかで我慢しないとならない時がある

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もしかしたら、上階の老夫婦の出す騒音は普通なら我慢できる種類のものなのかもしれない。

と、私は何度も思ったが、私には我慢ができなかった。

 

上階の老夫婦は、長い間、夜の11時半頃からも騒音を出した。

私は寝る前にCDをセットして、寝るようになった。

重低音を効かせたスピーカーはズンズンズンと音を響かせせる。

私は毎日震えながら、その音を聞きながら眠った。

 

それが半年くらい続いただろうか?

11時半からの騒音は聞こえなくなった。

 

思い起こすと、何でこんな思いをしてまで、このマンションにしがみついて住んでいるのか? と思われるだろう。

それは単に、私にお金がないからなのだ。

 

今住んでいるマンションは親が残してくれたものだが、田舎のマンションなので

飼った時の1/5の値段になっている。

 

おまけに売れ行きも悪い。平気で一年くらい売れない。

売れなくても、管理費や、修繕費、固定資産税で月5万はかかる。

 

月5万出せば、アパートでも借りられそうなものだが、

私には身寄りがない。身寄りがない、ということは保証人になってくれる人がない、ということだ。

 

おまけに私の頭は混乱していて働かないのだった。

現実に頭がついていかない。

「ただ生きているだけ」の私がいた。